Wings of iridescence

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あれから4年 [ なんとなく ]

311と呼ばれる、あの地震から4年。
偶然、当時の函館の被災状況の写真の展示を見る機会があったので、記してみます。

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※函館西警察署、玄関にて。今週いっぱい展示されるらしいです。

 

○もくじ

  • 函館の当時の被災状況 - 当時の自分の記憶

  • 当時の様子の展示 - 地域の被災の有無と防災意識の違い

  • 身近な出来ること - 百均にあるちょっとした備え

  • 余談 - くだらない話

 

○函館の当時の被災状況

私個人の記憶ですが。
当時函館市内におりました。一番大きな地震が日中に起き、まるで船に揺られるような長い揺れを覚えています。その数日前?にも少し大きめの地震があり、似たような揺れであったことも興味深かったです。

テレビで放送されるリアルタイムの様子で、ラビスタや水産物卸売市場のすぐ近く、ともえ大橋のベイエリア側の降りたあたりに海水が溢れ来る様子を見た記憶があります。

後日の情報では、金森倉庫から函館駅にかけての市電の走る通りより海側の大半に海水が溢れたようです。幾度か押し寄せた津波は最大で約2m程度と記憶しています。それも最大波は夜中であったこともあってか、道内で唯一犠牲が出てしまいました。

朝市や金森倉庫など、観光の中心の地域であっただけに相当の被害額があったように思います。

 

○当時の様子の展示

偶然、函館西警察署にて展示を見ました。
ちょうど記者の方が取材に訪れていたこともあり、少し興味があり署の担当者と取材されていた記者さんのお話しを近くで聞いていました。

"函館市内では駅前からベイエリアまでと被災した地域が限られたことで、被災した地域に近い生活圏の方々は比較的防災意識が高いものの、直接的な被害が無かった地域では以前として津波に対して防災の意識があまり向いていない……"

といったような話を聞き、自分の中でも実体験ではない記憶はかなり風化していることに気付かされました。展示の写真も、直接的に目にはしなかった光景です。

 

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 ※展示の様子(担当者が偶然いらっしゃったので口頭ながら撮影・掲載許可いただきました。)

 

○身近な出来ること

展示では津波や避難に関する各種パンフレットとともに、身近に準備可能な防災グッツが展示されていました。

主に地震の揺れによる被害を減らすものとして、家具が倒れることを防止する固定具類やガラスが粉々になることを防ぐ飛散防止シートなどがありました。

また、非常用持ち出し袋、や、保温アルミシート、など、被災後に効果を発揮するグッツもありました。

これらの大半は百均で手に入るようなものだそうです。

 

現実的に、実際に起きるかわからない災害へはなかなか目が向きにくく、実際に被災した際の備えは忘れがちです。それは仕方のない事なのかもしれません。

きっとそこには被災(したことを想像)したくない感情も含まれているのかな、とも思います。確かにあれほどの災害は防ぎようが無く思え、地震津波に耐えられるシェルターがあったとしても、個人で購入することも現実的ではありません。

ただちょっとした備えがあるだけでも、後から助けになるのも事実です。

 

保温性アルミシートなどは、体温を保つために役立つため、比較的汎用性が高く携帯性も高いです。以前道東で起きた猛吹雪により車が立ち往生し起きた凍死事故なども、このような備えがあれば防げたかもしれません。

これはサバイバルシートなどと呼ばれ、アウトドアなどの際に備えるグッツとして売られています。アルミが蒸着されたシートで、通気性は無いものの断熱性に優れるため毛布並みの暖かさが得られるらしいです。一度広げると元には戻せないながら、とてもコンパクトなものがあります。

いつも乗る車や普段持ち歩くバックなどに、ちょこんと投げ込んでおくと少し安心出来るかもしれません。

 

○余談

当時、少し高めの建物に居たため、一応ながら上の階へ避難しました。
海に近い場所であったため、岸壁を目安に水位の変化もなんとなくは把握出来たくらいです。

その時、海際まで車で行き海を覗きこんでいる方を見かけました。

この展示の写真を見て、当時もし写真を撮っていたら、その様子の撮影に行ったかも知れないなーと思うと、人ごとではありませんでした。

 

野次馬的で褒められる行為ではないとは感じますが、興味があることも事実で、またそれにより残された資料にも価値が宿る可能性があることも否定しきれません。

明確に線引き出来ないことに、もどかしさと同時に奥深さを感じます。グレーゾーンがあるからこそ、その都度それぞれの頭で考えられ判断されていくのでしょう。

こうしてどこか自然と振り分けられ役割分担していくのかな、と思うと、社会も様々な微生物と助けあって生きているひとりの人間のように思えて、なんだか不思議です(*´ω`)